売買予約による所有権移転請求権仮登記の抹消

この度、売買予約による所有権移転登記請求権の仮登記の抹消手続きのご依頼を頂きました。

 

この仮登記は、昭和55年○月○日に締結した売買予約に基づくもので、同年に登記がなされていました。

 

ご依頼者様は、この仮登記が設定されている土地を相続した方です。

 

この土地の所有者であるお父様がお亡くなりになり、名義変更のため相続登記の手続きを行っている中、この土地に仮登記がなされていることを初めてお知りになったとのことです。

 

仮登記を抹消するには、他の権利登記の抹消と同様に、登記権利者と登記義務者が共同して不動産所在地の法務局に抹消登記を申請する必要があります。(不動産登記法60条)
仮登記の抹消であれば、所有権登記名義人が登記権利者、仮登記名義人が登記義務者になります。

 

ただし、仮登記の抹消については、仮登記名義人の承諾があれば、利害関係人が単独で抹消登記を申請することができる特例があります。(不動産登記法110条)
ここでいう、利害関係人には、登記権利者も含まれると解されており、実務においても、登記権利者による仮登記抹消登記の単独申請が認められています。

 

この特例のメリットは、仮登記名義人(登記義務者)が、紛失等により登記済証を提出することができない場合です。

 

共同申請の場合、登記義務者は登記を受けた際に交付された登記済証を提出しなければなりません。

 

登記済証を提出できない場合、法務局から登記義務者への事前通知等(登記済証提出に代わる本人確認)により登記が処理されることになりますが、仮登記の抹消の特例の場合、登記権利者の単独申請ですので、そもそも登記済証と提出する必要がなく、紛失等していたとしても、事前通知等を経ることなく登記が処理されます。

 

ただ、共同申請であれ、単独申請であれ、仮登記を抹消するには、仮登記名義人の協力が必要になります。
(共同申請であれば委任状に、単独申請であれば承諾書に、実印で押印して頂く必要があり、印鑑証明書も提出してもらう必要があります。)

 

更に問題なのが、古い仮登記の場合、既に仮登記名義人の方がお亡くなりになっていて相続が開始している場合です。
仮登記名義人に相続が開始していると、その相続人全員の協力が必要になり、相続人の数が多いと登記が完了するまでに長期間を要することも珍しくなく、場合によっては断念せざるを得ないこともあります。

 

今回ご依頼いた仮登記の抹消ですが、仮登記名義人の方は、平成6年にお亡くなりになっていましたが、幸いなことに、相続人全員(3名)の所在も判明し、仮登記の抹消について非常に協力的でしたので、手続きは、円滑に進みました。

 

ここで考えなければならないのが、仮登記の抹消原因です。

 

仮登記を抹消するには、何らかの原因が必要になります。
売買予約は、純粋な売買の予約の場合もあれば、債権担保として利用されることもあります。
債権担保であれば、債務者である土地所有者が弁済していれば、売買予約による仮登記は消滅していますが、売買予約の当事者双方が亡くなっており、当事者双方の相続人の方も、売買予約がなされた経緯等、まったく事情を知りませんでしたので、このあたりの状況は判明しません。
相続人の双方で、売買予約を合意解除してもらうか、仮登記名義人の相続人の方に、仮登記を放棄してもらうかを考えましたが、仮登記の名義人の死亡後の原因日付で仮登記を抹消する場合、その前提として相続による仮登記の移転登記が必要になってしまいます。

 

移転と同時に抹消されてしまう仮登記のために、移転登記を経由するのは無駄であるので、予約権完結権の時効消滅により仮登記を抹消できるかを検討しました。

 

売買予約の買主は、予約完結権を行使することにより、売主の承諾がなくても、売買契約を成立させることができます。
予約完結権は、権利を行使することができる時から10年間行使しないと、時効により消滅します。
予約完結権が時効により消滅すれば、買主はもはや本契約を成立させることができず、売買予約の目的である不動産を取得することができなくなり、仮登記の本登記をすることもできなくなります。

 

登記実務においても、予約完結権の時効消滅を原因とする仮登記の抹消が認めれています。

 

売買予約の日である昭和55年○月○日から既に10年が経過していますので、予約完結権の消滅時効は完成しています。
時効は、援用権者の援用により効力を生じますので、ご依頼者(売買予約の売主の相続人)の方に時効を援用して頂きました。

 

時効の効力は起算日に遡り、予約完結権の消滅時効の起算日は、特段の定めがなければ、売買予約が成立した日とされていますので、本ケースでは、昭和55年○月○日(売買予約日と同日)時効消滅が仮登記の抹消原因になります。
仮登記の抹消原因を時効消滅にすれば、仮登記名義人の死亡以前の日が抹消原因の日となりますので、相続による仮登記移転登記の申請は不要になります。

 

今回の仮登記の抹消は、仮登記名義人の相続人の方から承諾書を頂いて、ご依頼者の方の単独申請で行いました。

 

この場合でも、相続登記と同様に、承諾者が仮登記名義人の相続人であることを証する戸籍謄本等を提供する必要があるのですが、その一つとして仮登記名義人(被相続人)と戸籍上の人物が同一人であることを明らかにする書面をも提供しなければなりません。

 

仮登記名義人の登記上の住所と本籍が一致すれば、それをもって同一人として扱われ、登記上の住所と本籍が一致しないときは、通常、除の住民票または戸籍の附票を提出することにより同一人であることを明らかにします。
今回のケースでは、戸籍の附票の一部が既に廃棄されていたため、取得できた戸籍の附票だけでは、同一性を証明することができませんでした。

 

平成29年に発出された通達により、登記名義人(被相続人)の同一性を証する書面として登記名義人の登記済証を提供すればそれをもって足りるとされましたが、今回のケースでは仮登記名義人の登記済証も見つかりませんでした。

 

戸籍の附票及び登記済証を提供できない場合、登記名義人と戸籍上の人物が同一人であることが推認できるものとして、どのような資料をどの範囲で提供する必要があるのかは、管轄する法務局により異なります。

 

私が事務所を置く名古屋管内の法務局では、通常、登記済証を提供できないときは、相続人作成の上申書、不在住・不在住証明書、納税証明書(3年度分)が要求されます。

 

ただし、今回は、仮登記名義人が戸籍上の人物と同一人であることの証明ですので、納税証明書の取得は不可能です。
ですから、相続人全員の上申書(印鑑証明書付き)と不在住・不在住証明書の2点を提出して仮登記の抹消登記を申請しました。

 

管轄法務局から補正の電話がありました。

 

同一性を証明する書類として2点では足りないとのことです。

 

仮登記の抹消であるので、納税証明書を提出することはできないことを伝えると、担当登記官から過去同様のケースで、上申書に公証人の宣誓認証を受けた宣誓供述書を提供してもらうことにより登記を処理したことがあり、その際、本局に照会をかけ了解を得て登記を処理したのとの説明を受けました。

 

仮登記の抹消に宣誓供述書まで添付させるのはどうかと思い、上記2点で処理して頂けないかと抵抗しましたが、法務局は前例通りにやって頂きたいとのこと。

 

法務局の指示に従わなければ登記が完了しませんので、仮登記名義人の相続人の方に事情を説明して公証役場に行ってもらい宣誓供述書を取得して頂きました。

 

宣誓供述書まで提出させる対応には釈然としませんでしたが、登記は無事完了しました。